描かれた夏風
「よかったです。アスカ先輩に、智先輩の説教が通じたんですね」

「だといいけどね……アスカちゃんは素直じゃないから」

 講堂に入ると、ざわついていた生徒たちがシンと静まった。

 周囲の視線が一斉にこちらへと向けられる。

(あれ……入っちゃいけなかった?)

 なにやら雰囲気がおかしかった。

 講堂の真ん中には一人の女子生徒が立ち尽くしている。

 生徒たちはその様子を遠巻きに見ていた。

 女子生徒の周りにだけポカリと空間がある。

「アスカ先輩……」

 名前を呼びかけると、女子生徒の肩はビクリと震えた。

 ショートヘアがサラリと揺れて、アスカ先輩はこちらを振り返る。

 いつもまっすぐで鋭い光をたたえていた瞳が、今は揺らいでいた。

 ――頬に筋をつけて流れるのは、透き通った雫。

 アスカ先輩が今まで呆然と見つめていたのは、奥に飾られている絵画だ。

 学校の何気ない日常がそのまま切り取られている。

 宝石のように煌めく一瞬が、ありのままで額縁に入れられていた。

 目に見えているものだけなら、写真に撮れば残すことができる。
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