描かれた夏風
 こんなときでも智先輩は笑顔を崩さない。

 それは、すべてを拒絶するかのように淋しげな笑顔だった。

 追いついてきたアスカ先輩が息をのみ、悲鳴にも似た声をあげる。

 小さく引きつった声に、この身を引き裂かれたような痛みを感じた。

「友絵ちゃん、見ない方がいいわ。帰りましょう」

 アスカ先輩が耳打ちしてくれたけれど、私には動くことができない。

 ――智先輩が、目を逸らすことなくずっと見ていたから。

 容赦ない現実が重たく肩にのしかかってくる。

 地面につぶれている黒い子猫は、ルカなのだ。

 あんなにも可愛らしくて人懐っこかったルカ。

 私が智先輩と言葉を交わすことができた、そのキッカケを作ってくれたルカが。

 私は立ちすくんだまま、これまでの平穏が崩れる音を聞いていた。

「――来る理由、なくなっちゃったね」

 顔を上げた智先輩が、静かに微笑んで言う。

「裏庭に来る理由、なくなっちゃったね」

 私は微笑み返そうとするけれど、顔が引きつって笑えないことに気づいた。
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