描かれた夏風
 傷つくのが嫌なら大切なものを作らなければいい。

 それが、考えに考えてたどり着いた答えだった。

 独りきりで。自分自身さえも信用せずに。

 目を閉じて、耳をふさいで。

 暗闇に溶けて、すべてのものを拒絶して。

 そんな風に生きていれば、傷つかなくてすむはずだ。

 愛しいものを失うのが恐いなら、愛しいと思わなければいい。

 それなのに……。

(なんで、こんな気持ちになるんだろ)

 廊下を曲がると、こめかみをおさえて立ち止まった。

 最近どうも調子がおかしい気がする。

 彼女、西口友絵にペースを崩されているようだ。

 傷つかないための策を練って生きている自分にとって、彼女の存在は新鮮だった。

 傷ついては涙を流す幼い少女。人を怨むことを知らない、無邪気さの塊。

 西口友絵を見ていると、昔の自分を思い出した。

 まだこの世界を真っ直ぐに見つめることができていた頃の自分。

 愛しいような苦々しいような、複雑な気分になる。

 ――怖かった。

 彼女に好かれている自分が。

 彼女を好いてしまいそうな自分が。

 大切なものを作ってしまうのが、怖かった。
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