描かれた夏風
「智、ちょっといい? 話があるんだけど……」

 ある日の夕食後、珍しくアスカから話しかけられた。

 アスカとは同居している従兄弟同士――それも同じ高校に通う同級生という複雑な関係だ。

 お世話になっている家の大事な一人娘だから、いくぶん丁寧に接している。

「いいけど、どうしたの?」

「話。ここじゃなくて、落ち着いて話せる場所に行きたいんだけど」

「僕の部屋とかは? 今、ちょうど片付いているよ」

 そう提案したら、落ち着けるわけないだろと一蹴された。

 アスカからはどうも嫌われているように思う。

 ヘラヘラ笑っているだとか得体が知れないだとか言われるのだ。

 まさにその通りだから何も言い返せない。

「散歩がてらに話しましょう。ちょっとお父さんとお母さんに言ってくるわ」

「わかった。先に外で待ってる」

 そう言って玄関を出る。門に背を預けて立って、小さく息をこぼした。

 やっぱり、自分の家じゃない場所では落ち着けない。

 アスカの両親は善良な人たちだ。嫌いじゃないし、感謝もしている。

 でも所詮、自分の家族ではなかった。
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