ルージュはキスのあとで





 それなのに……今はこうして昔みたいに笑いあうことができている。
 これも全部、長谷部マジックってやつなのかもしれない。

 あのとき強引に私を今回の企画に引きずり込んでくれたから……今の私があるんだ。
 そんな長谷部さんと、あと一回会ったらさようならだなんんて……寂しい。

 前みたいに、色々お話してみたい。
 メイク以外の話しだって、いっぱいしたい。

 だけど、もうあのころには戻れない。
 だって、あのころの私とは違うから……。

 三ヶ月前は、長谷部さんに恋愛感情なんて一ミリもなかったはずなのに、今は恋愛感情のメーターが振り切れてしまうぐらいに心の中に溢れている。

 このまま、長谷部さんとお別れになるだなんてイヤだ。
 せめて……以前みたいに笑ってお別れしたい。

 どうせ私の気持ちは封印したままにするんだから、あのキスのことは忘れて最後ぐらいは普通に接してみようか。

 ギクシャクとしたまま、お別れだなんて悲しすぎるし。



「ってか、答えがない上に人のことジロジロ見て。なにか用ですか? 正和くん」

「久しぶりだと思って」

「え?」

「こうしてゆっくり話したのってさ、真美が大学生になる前だったろう?」

「……」


 
 正和くんも気がついていたんだ。

 私が正和くんの前に現れなくなったことを。
 コクンと頷けば、正和くんは昔を思い浮かべるように遠くを見た。



「あの日のこと、覚えているか?」

「あの日?」

「真美が初めて化粧して俺の前に来たときのこと」

「っ!」



 言葉に詰まる私を見て、正和くんは顔を歪めて悲しそうに笑う。



「やっぱりな……あれから俺のこと、徹底的に避けていたろ?」

「うっ……」

「会って釈明したくてもお前は絶対に出てこなかったし」

「……ごめん」



 正和くんは全部わかっていたんだ。私が正和くんの前に現れなくなった理由を。
 視線を逸らして謝る私に、正和くんは首を振った。




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