ルージュはキスのあとで



「こうしてお前にメイクをするのは、これが最後だ」

「へ?」

「お前をとびっきりの女にしてやる」



 それだけ言うと、すぐに仕事にはいる長谷部さん。


 仕事中の彼は、声をかけづらくなるほど真剣だ。
 色々聞きたいことは山のようにあったが、とりあえず今は黙って長谷部さんの仕事を見ておこう。

 無言のまま、長谷部さんは私にメイクを施していく。
 どれもこれも見たことないようなテクニックが飛び出してくる。

 私は、取りこぼしがないように頭にインプットしようと必死だ。
 長谷部さんの手元をじっと見続ける。

 あとはルージュだけ。
 そのとき、扉の向こうから皆藤さんの声が聞こえた。


「どれぐらいで仕上がりそう?」

「あと少し。できたらスタジオに向かいますから」


 長谷部さんは、ルージュのパレットを手に扉の向こうの皆藤さんに言う。


「了解! じゃあ、待っているから」


 皆藤さんはそれだけ言うと、部屋には入らず、そのまま足音が遠ざかっていく。
 
 足音も消え、シンと静まり返る個室には私と長谷部さんのふたりきりだ。

 
「長谷部さん?」


 パレットを持ったまま動かない長谷部さんに声をかける。
 だが、返事はない。

 ずっと鏡越しで、私を見続けている。

 どうしたのかと思っていると、突然回転イスをクルリと回され、長谷部さんと対面する形になっていた。

 ルージュのパレットと筆を置き、長谷部さんは真剣な顔をして呟いた。


「最後の仕上げだ」

「仕上げ?」

「そうだ」


 長谷部さんが腰を屈めて、私の顔を覗きこむように……キスをしてきた。
 
 甘く痺れた。
 柔らかくて、甘くて、熱くて。
 まだ回数をこなしていないオトナのキス。

 長谷部さんに教えてもらった愛情表現。

 だけど、私の皆無の経験値じゃ到底追いつかない。

 激しいキスのあと、ゆっくりと私の唇を舌でなぞり、名残惜しそうに舐める。
 息が乱れる私を、長谷部さんは抱きしめた。




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