ルージュはキスのあとで
「やろうよ! 真美」
「いや、待て。ちょっと落ち着こうよ、彩乃」
「だって、こんなチャンス二度とないよ? 真美だって、少しはメイクやろうかなぁって思ってたりするんでしょうが」
ウッ、と言葉につかえると彩乃は鬼の首を取ったように嬉しそうに笑った。
「ほら。真美だってメイクうまくなりたいって思ってるんでしょうが」
「そ、そりゃあ下手よりうまいほうがいいなぁとは思うけどさ」
「それなら今やるべきだって。プロに教えてもらえるんだよ!?」
彩乃は鼻息荒く私を説得する。
確かに、そのとおりだとは思う。
プロに直接教えてもらえるなんて、なかなかない機会だ。
そうは思うけど……。
チラリと長谷部さんのほうを見る。
あの不機嫌オーラ全開の人につきっきりで教われ、と。
女子校で慣らした私には、とんでもない高いハードルだと思う。
彩乃のことだ。
そんなことはわかっていた上での発言なんだろうけど……だけど……。
あの長谷部さんとマンツーマンだけは絶対にイヤ。
うー、と唸って、これをどう対処したら流せるか。一生懸命頭の中で考え込んでいると皆藤さんが長谷部さんに言った。
「彼女ね。申しわけ程度にしかメイクしてないでしょ?」
「……ですね」
「やり方がわかっていないのよ。本人曰く、メイクするとケバくなるからやらないんですってよ」
「ふーん。なるほどな」
失礼ですよ、といいたくなるほどに私の顔を覗きこむ長谷部さん。
長谷部さんはメイクアップアーティストっていうぐらいだから、女の人をこうやって至近距離で見るのなんて慣れているかもしれないけど、私は慣れていないから心臓がバクバク音をたてている。
こんな至近距離で自分の顔を男の人に見つめられたのって、実は初めてかもしれない。
そうでなくても、この平凡な顔つき。それもちょっと濃い目の顔。
それを、いつも美しすぎるモデルばかりを見ているであろう長谷部さんに至近距離で見られるのは、居た堪れない。
「アンタ、眉をもうちょっと整えてやれば濃さも落ち着くと思う」
「え?」
突然そういったかと思うと、長谷部さんは手にしていた鞄をガバッと机の上に広げて、突然私にケープをかけたのだ。