ルージュはキスのあとで



「しっかり見てみろ。ちょっと前のお前とは全然違うだろう?」

「長谷部……さん?」

「今はメイクをとって、スッピンだとしてもだ。少し前のお前の肌より透明感が違う」

「……」

「顔だって引き締まってきているだろう?」



 私の両肩を掴み、屈んで私の耳元で話す長谷部さん。
 その低く響く声が、ダイレクトに耳に飛んできて、心が震えた。
 
 時折かかる長谷部さんの息が……耳に当たる。
 それだけで、ますます顔が赤らんでいくのが自分でもわかった。



「わ、わかりません」



 そう答えるだけで精いっぱいだった。
 鏡をみるのをやめて、視線を逸らす。



「自分が見られているっていう意識が高まったからだ」

「そ、そんなわけ」

「ないというのか?」

「……」



 長谷部さんのお得意の有無を言わせないという態度。
  
 でも、今回は私にも……ちょっぴりわかる気がした。
 全国に販売されていて20代OLからの支持が圧倒的なファッション雑誌『Princesa』。

 何回か雑誌に写真を掲載されたら、あちこちで声をかけられるようにはなった。

 だからこそ、下手な格好をしていられないと思って気を張り詰めているっていうのはある。

 自分が笑われるのはしかたがないにしろ、教えてくれている長谷部さんの顔に泥は塗りたくない。
 
 その一心で、外にいるときは気をつけてはいる。

 だから、長谷部さんの言っていることは正しい。
 確実にここ数ヶ月で意識は改革されているんだと思う。

 今までのだらけた干物女とは雲泥の差だ。
それは、自分でもよくわかっていた。



「今のお前、いい顔してるぞ」

「……」



 恥ずかしかった。

 長谷部さんからキスされて、恥ずかしくて顔を赤らめて、瞳を潤ませている自分が。

 それをいい顔だと、長谷部さんが誉めたことに。

 恥ずかしい。
 どうしよう……。

 下を向いて俯いた私に、猶予時間をくれたのは長谷部さんだった。



「カメラさんと皆藤さんを呼んでくるから。少し待っていろ」



 それだけ言うと、会議室から出て行ってしまった長谷部さん。

 長谷部さんが部屋を出たのを確認したあと、ズルズルと椅子から落ちて床に座り込んでしまった。





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