愛を教えて ―番外編―
箱根の小田原――都内から二時間もかからない。

そして、露天風呂から桜が見えるという旅館の話を聞いた卓巳は、ある計画を立てた。


ちょうど四月に、万里子は二十四歳の誕生日を迎える。

十一月の結婚記念日は出産直後ということもあり、何かと落ちつかなかった。正月も遠出はできず……。

そんな中、三月に雪音が邸を離れてしまったのだ。めでたい話なので文句も言えないが、万里子も寂しくないと言えば嘘だろう。

そんな万里子の心を少しでも和ませたかった。

卓巳は急遽宿を取り、一泊旅行に誘ったのである。



『じゃあ、忍。結人《ゆうと》くんのことお願いね。千代子さんとも仲よくしてね。何かあったらすぐに電話ちょうだいね』


旅館に到着し、部屋に案内されて一番に万里子がしたことは家に電話を入れたことだった。

携帯で散々連絡しているだろう――なんて野暮なことは、最近の卓巳は言わない。万里子は、生後半年の息子が可愛くて仕方がないのだ。生涯母親にはなれないと諦めていた彼女にとって、至福の存在なのだろう。

この箱根には赤ん坊連れに最適な旅館もあった。

だが、卓巳はこちらを選んだ。それは……七割方奪われている万里子の視線を、独占したいがための可愛いヤキモチである。


「ベビーシッターでもよかったんじゃないか? 忍さんを呼んだら、お義父さんが困るだろう」

「大丈夫よ。一日だけですもの。千代子さんはお祖母様のお世話で大変だし……。若いメイドさんは新しい方ばかりで。臨時雇いのベビーシッターさんにお願いするのはいやだから」


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