愛を教えて ―背徳の秘書―
本気で殴るつもりだった。

だが、振り下ろしたときにはどうしても躊躇して……アッサリ傘を掴まれてしまう。


雪音は腹立ち紛れに宗の向うずねを蹴り飛ばし、さっさと切符を買って改札を抜け、ホームに急いだ。


宗は楽しそうに笑っていた。きっと香織にも『愛してる』とささやいているのだろう。

雪音が道後温泉行きを断わったから、代わりに香織を誘ったのかもしれない。そのときは香織を両親に会わせるのだろうか? それとも、やはり両親は不在なのか……。



遠くで、ホームに電車が入る、とアナウンスが流れた気がした。

ボーッとしていた雪音は誰かと肩がぶつかり、慌てて謝って一歩下がる――そのときだった。


突然、ドンと背中を押されたのだ。


「え? あっ」


バランスを崩し、足を踏み出したそこにホームの床はなく……雪音の姿は、ホームから掻き消えた。


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