愛を教えて ―背徳の秘書―
「……誰か落ちたって」

「やだ、電車が来るんじゃない?」


その言葉を聞いた瞬間、宗は激しい鼓動と膝の震えが止まらなくなる。

それでも、懸命に人の波を漕ぎながらホームの端に辿り着いた。


「雪音!?」

「宗さん、来ちゃだめっ!」


線路の上に座り込み、こちらを見上げる雪音がいた。

それでも、「助けて」ではなく、「来るな」と叫ぶ彼女の姿は、宗の心と人生を一瞬で塗り替えたのだ。


助け上げる時間があるかどうかはわからない。

近くにいた誰かに、「よせっ」と掴まれた腕を振り切り、宗は約一メートルの高さを飛び降りていた。


その直後、空気が変わった気がした。おそらくは、電車がホームに滑り込む風を感じ……。


――再び、構内に複数の悲鳴が響き渡った。


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