愛を教えて ―背徳の秘書―
香織の勤める支店はこの銀行の中でも比較的小さな支店だ。

支店長秘書といっても、秘書室があるわけではない。事務フロアの中に彼女のデスクもあった。

支店長の秘書は彼女ひとりなので普段はそこそこ忙しい。

しかし、今日は支店長が風邪で欠勤しており、予定変更の連絡や各種手配を済ませると、銀行の窓口終了時間にはやることがなくなってしまった。


給湯室に立ち、ヤカンに水を入れると火にかけた。

カップは一般の来客用のものを使う。社員のコーヒーはインスタントだ。

もちろん特別なお客様用に、ブランド物のカップとドリップコーヒーも用意されている。

しかし、特別なお客様の数よりドリップコーヒーの減りが早いという噂もあった。

もちろん、香織には心当たりのないことであるが……。


(うちに来ても、あの人が飲むのはお酒かコーヒーくらいだったわね)


簡易コンロの炎を見つめつつ、香織はそんなことを思い出していた。




二年ぶりの再会。

彼は相変わらず、複数の女性と刹那的な恋を繰り返していた。

香織は孤独から逃れたい気持ちと、忘れがたい慕情に引きずられ……再び、不毛な恋へと踏み込んでしまう。

だがもちろん、そんな関係が長く続くはずもなく。

そして今年の四月、彼は大きな犠牲を払って、惰性的に続けてきた関係を全て断ち切ったのだ。

彼にそれを決意させたのは、香織以外の女性であった。




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