フライングムーン
第十二章
ある時、彼は私のピアノを聴き終えてから“ちょっと待ってて”と外に出た。
私は彼を待った。
彼はすぐに戻ってきて“あげるよ”と私にあるものを差し出した。
それは掌に乗る大きさの真っ白な雪だるまだった。
“外は今、冬なんだよ”と彼は言った。
私はもちろんそんな事は知らなかった。
季節が巡っている事ですら忘れていた。
私は“有難う”と彼から雪だるまを受け取った。
“君の手は温かいからすぐに溶けちゃうね”と彼は笑った。
見ると私の掌に乗った雪だるまはどんどん溶けて透明な水に変わっていた。
私は慌てて冷凍庫に雪だるまを入れた。
ここなら大丈夫。
ここに入れておけば雪だるまが溶けてなくなる事はない。
私は胸を撫で下ろした。
戻ると“冷たかった?”と彼は雪で赤くなった私の指先を見た。
彼の言葉に雪が冷たいという事を思い出した。
私は“大丈夫だよ”とまたピアノに向かった。
その日から私は冷凍庫を見るのが楽しくなった。
扉を開ければ彼が作ってくれた雪だるまがある。
それだけで嬉しかった。
でも毎日、冷凍庫を開けているうちに気付いた。
雪だるまが少しずつ溶けている事に。
私はだんだん冷凍庫を開けなくなっていった。
次に開けた時にもし雪だるまが全て溶けてなくなってしまっていたら…。
そう考えると怖くて冷凍庫の扉を開ける事が出来なかった。
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