好きになっても、いいですか?
軽く会釈をして挨拶を手短にすると、敦志が笑顔で『どうぞ中へ』と、促された。
敦志が麻子を見て感心したのは、肝が据わっているということ。
この社長室に一般の社員が入ることはまずないが、部長クラスでさえ、ここに足を踏み入れる時には緊張しているのがわかる。
それを、若干20歳そこそこの彼女はうろたえることもなく、ただまっすぐに“社長”のいるデスクへと進み視線を向ける。
ただの無知な新入社員とも思えない。
「ご用件はなんでしょう」
「ああ。庶務課課長から聞いたか?」
「……はい」
「そういうことだ。あとはそこの早乙女(さおとめ)に――」
椅子に腰を掛けたまま、見上げるようにして麻子に話しかけると、麻子が言葉をかぶせるようにして純一に問いかけた。
「なぜ、この時期に、しかも私なのでしょう」
普通人事を決めた、しかも社長を目の前にしてそんなことを聞ける訳がない。
けれど麻子はどうしても腑に落ちなく、そのまま異動を受け入れることができなかった。