伊坂商事株式会社~社内恋愛録~


「何かありました?」


突然やってきた私を不可解そうに見ながらも、沖野くんは部屋の中へと招き入れてくれる。



「ごめんね。寝てた? 連絡すればよかったね」

「それはいいですけど。あんた今日、課長と飲みに行ったんでしょ? 何か言われた?」

「あー……」

「まぁ、言えないことなら追求はしないけど」


沖野くんは、冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターのペットボトルを私に手渡してくれる。

でも、私はそれを受け取れず、黙ってソファに座った。


沖野くんは少し首をかしげ、仕方がなくといった感じで、自分でミネラルウォーターを飲む。



「課長にね、言われたの。来年度から新部署ができるから、私がそこの室長をやらないかって」

「え?」

「マーケティング室だって。これ、見て」


私は課長から受け取ったファイルを沖野くんに渡す。

沖野くんはそれに目を通しながら、



「それで?」

「『それで?』って言われても……」

「いいんじゃない? あんたこういうの、向いてると思うけど。好きでしょ、データ集めたり統計で客観視するの」

「………」

「それに、この候補のメンバーを見る限り、女性が多い。あんたは男相手には負けん気を発揮するけど、女相手だと本当にいい上司だ。企画課よりいい環境だと思いますけどね」


それはそうなのかもしれないけど。



「簡単に言わないでよ」

「チャンスでしょ。何を迷ってるの? 俺がいないからですか?」

「沖野くんは今も出世に興味ない?」

「俺のことは関係ないでしょうが」

「あるから聞いてるんでしょ」


沖野くんは「わけがわかりません」と言う。

私は息を吐いた。
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