伊坂商事株式会社~社内恋愛録~


「今から行っていい?」


そう、莉衣子ちゃんに電話したのは、午後9時より少し前だった。


残業しまくりで、割に合わない。

だからこそ、莉衣子ちゃんの顔を見なくちゃやってられない。



「何やってるの?」


部屋に入るなり、キッチンでコンロに火を掛ける莉衣子ちゃん。



「宮根さん、何も食べてないかと思って。残り物ですけど」

「うっそ。嬉しい」


この子のこういうところが好き。

俺はネクタイを緩めながら、ソファに崩れた。



「ちょっと、寝ないでくださいよ。寝るならせめて、上着くらい脱がなきゃ、シワになりますよ」

「でも脱いだら莉衣子ちゃんのこと襲っちゃいそうだし」


莉衣子ちゃんはキッチンカウンター越しに、「こんな時間まで残業してるのに元気な人ですね」と、呆れたような顔を向けてきた。



「働き過ぎなんですよ、宮根さん。課長の言う仕事、全部こなす必要ないでしょ。書類にしても、ほんとは苦手なくせに」

「うん。でも、俺が頑張れば莉衣子ちゃんの仕事は減るでしょ? そのためなら、残業なんて苦じゃないよ」

「そんなこと言ってて、宮根さんが倒れたら意味ないですよ」

「そしたら莉衣子ちゃんに介抱してもらうからいいの」

「あなたって人は」


莉衣子ちゃんはため息混じりに料理をテーブルに並べた。


ご飯とみそ汁と焼き魚と玉子焼き。

いい奥さんになれるなと、俺は思わず笑ってしまう。



「すごく幸せだな、こういうの。あったかい」


しみじみと思う。

今日の俺は、少し疲れすぎたのかもしれない。
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