白き薬師とエレーナの剣
集まっていた兵士たちが完全にばらけて、辺りに人が少なくなった頃。
水月の背後から、誰かがトントンと指で肩を叩いてきた。
話を止めて後ろを向くと、そこには銀髪の整った顔立ちの青年――ルカが立っていた。
(コイツ、王子様の側近じゃねーか。良いご身分のハズなのに、何でこんな所にいるんだ?)
内心訝しがりながらも、水月は作り慣れた愛想笑いを浮かべて相手の出方を見る。
ルカは「初めまして」と微笑みかけると、言葉を続けた。
「最近城で一番の働き者だと聞いて、一度会ってみたいと思っていたのですよ。今から少し話せる時間はありますか?」
にこやかなルカの笑顔の向こう側に、冷ややかに観察してくる目が見える。
ちょっとした違和感や矛盾を見逃さない厳しさが彼から感じられた。
急ぎの用事があるからと嘘をついて、この場から逃げたい気持ちは山々だった。
しかし怪しまれないためには相手をしなくてはと、水月は腹をくくった。
「はい、ルカ様。ちょうど今日の仕事が終わったところですから大丈夫ですよ」
「ありかとうございます。そんなに時間は頂きませんから……」
チラリとルカが向こうへ行くようにとトールへ目配せする。
緊張した面持ちで頷くと、トールは「じゃあな、ナウム」と小さく手を振ってから離れていった。
トールの背を見やってから、ルカは真っ直ぐに水月と向き合った。
「先ほど兵士たちから話を聞きましたが、トラン村の山葡萄酒なんて、よく手に入れられましたね。私も王子に頼まれて延々と探し続けましたが、見つけるのに半年以上はかかりましたよ。本当に君はすごいですね」
……これは多分、褒めて隙を作ろうとしているんだろうな。
ルカの狙いを読み取りながら、水月は気付いていないように平然と振る舞う。
「幻の酒なんて言われるぐらいですから、狙って見つけられるような代物じゃないですよ。自分はたまたま運が良かっただけです」
「謙遜しなくても良いですよ。君が人の何倍も頑張る働き者だと、ここの兵士たちも、侍女たちも口を揃えて言っていますから。要領も良くて呑み込みも早い……私も見習いたいものです」
感心したようにルカがゆっくり頷き、おもむろに腕を組んで表情を曇らせる。
「でも、ここだけの話、優秀な人間を引き入れたいと、常に密偵を束ねる者たちが城内を見張っているような状態なんです。可愛い妹さんを悲しませたくなければ、もう少し手を抜いたほうが良いですよ」
すぐに水月の中で、キリルたちのことだと察しがつく。
(……片足突っ込んでいるどころじゃねーよ)
うっかり浮かんだ言葉を口にしかかり、どうにか息を呑み込んでやり過ごす。
適当に誤魔化してしまおうかと思ったが、別の考えが浮かび、眉根を寄せて困っている色を見せた。
「実は最近、金を出すからこっちに来ないかって誘われているんです。分からないことがあれば手取り足取り教えてあげるからってグイン様が……」
まったく無関係だと嘘をつくよりも、関わりを少し匂わせた方が、万が一キリルたちと一緒にいる所を見られた時の言い訳ができる。
キリルよりも地位が低いグインの名前を出した方が良いだろうと思って言ってみたが――急にルカの顔から血の気が引き、細長いため息が溢れてきた。
「よりにもよって、グインに目をつけられるなんて……可哀想に。良いですか? 絶対にその男の誘いに乗ってはいけません。廃人になりたくなければ、とにかく関わらないように逃げ回って下さい」
心なしかルカの声に力が入り、必死さが滲み出す。適当に言っている訳ではなく、心底本気で言ってくれているのが分かった。
水月の背後から、誰かがトントンと指で肩を叩いてきた。
話を止めて後ろを向くと、そこには銀髪の整った顔立ちの青年――ルカが立っていた。
(コイツ、王子様の側近じゃねーか。良いご身分のハズなのに、何でこんな所にいるんだ?)
内心訝しがりながらも、水月は作り慣れた愛想笑いを浮かべて相手の出方を見る。
ルカは「初めまして」と微笑みかけると、言葉を続けた。
「最近城で一番の働き者だと聞いて、一度会ってみたいと思っていたのですよ。今から少し話せる時間はありますか?」
にこやかなルカの笑顔の向こう側に、冷ややかに観察してくる目が見える。
ちょっとした違和感や矛盾を見逃さない厳しさが彼から感じられた。
急ぎの用事があるからと嘘をついて、この場から逃げたい気持ちは山々だった。
しかし怪しまれないためには相手をしなくてはと、水月は腹をくくった。
「はい、ルカ様。ちょうど今日の仕事が終わったところですから大丈夫ですよ」
「ありかとうございます。そんなに時間は頂きませんから……」
チラリとルカが向こうへ行くようにとトールへ目配せする。
緊張した面持ちで頷くと、トールは「じゃあな、ナウム」と小さく手を振ってから離れていった。
トールの背を見やってから、ルカは真っ直ぐに水月と向き合った。
「先ほど兵士たちから話を聞きましたが、トラン村の山葡萄酒なんて、よく手に入れられましたね。私も王子に頼まれて延々と探し続けましたが、見つけるのに半年以上はかかりましたよ。本当に君はすごいですね」
……これは多分、褒めて隙を作ろうとしているんだろうな。
ルカの狙いを読み取りながら、水月は気付いていないように平然と振る舞う。
「幻の酒なんて言われるぐらいですから、狙って見つけられるような代物じゃないですよ。自分はたまたま運が良かっただけです」
「謙遜しなくても良いですよ。君が人の何倍も頑張る働き者だと、ここの兵士たちも、侍女たちも口を揃えて言っていますから。要領も良くて呑み込みも早い……私も見習いたいものです」
感心したようにルカがゆっくり頷き、おもむろに腕を組んで表情を曇らせる。
「でも、ここだけの話、優秀な人間を引き入れたいと、常に密偵を束ねる者たちが城内を見張っているような状態なんです。可愛い妹さんを悲しませたくなければ、もう少し手を抜いたほうが良いですよ」
すぐに水月の中で、キリルたちのことだと察しがつく。
(……片足突っ込んでいるどころじゃねーよ)
うっかり浮かんだ言葉を口にしかかり、どうにか息を呑み込んでやり過ごす。
適当に誤魔化してしまおうかと思ったが、別の考えが浮かび、眉根を寄せて困っている色を見せた。
「実は最近、金を出すからこっちに来ないかって誘われているんです。分からないことがあれば手取り足取り教えてあげるからってグイン様が……」
まったく無関係だと嘘をつくよりも、関わりを少し匂わせた方が、万が一キリルたちと一緒にいる所を見られた時の言い訳ができる。
キリルよりも地位が低いグインの名前を出した方が良いだろうと思って言ってみたが――急にルカの顔から血の気が引き、細長いため息が溢れてきた。
「よりにもよって、グインに目をつけられるなんて……可哀想に。良いですか? 絶対にその男の誘いに乗ってはいけません。廃人になりたくなければ、とにかく関わらないように逃げ回って下さい」
心なしかルカの声に力が入り、必死さが滲み出す。適当に言っている訳ではなく、心底本気で言ってくれているのが分かった。