ヘヴィノベル
「つまり、見て見ぬフリなわけよね。それが悪の大魔王の正体なのよ」
「はあ?」
 俺は口を開けたまま前島を見た。だが、さすがの前島も今回は話についていけない様子だった。上条さんは自分のグラスをテーブルに置いて少し身を乗り出すようにして言葉を続けた。
「結局大人はみんな、自分がトラブルに巻き込まれたくないわけよね。先生たちに正面から文句言ったら、バックにいる日教連ともめる事になる。学校の偉い先生たちは出世に響くかも、と心配する。親は子供に何かあったらと心配する。そして日教連は組織率がこれ以上下がったらどうしようと心配する」
「あの、組織率って何ですか?すいません、俺、頭が悪くて……」
 話に段々ついて行けなくなってきた俺は、悪いとは思ったが、途中で質問をはさんだ。これには竹本さんが答えてくれた。
「簡単に言うと、今学校の先生として働いている人たちの何パーセントが日教連傘下の組合に入っているか、という数字だよ。今では全国的にずいぶん下がっているんだ。日教連は本質的に労働組合だからね。加入してくれない先生が増えたら、そりゃ困る」
「あの、すいません。もう一つ質問いいですか?」
「何だい?」
「日教連の先生たちって、どうして警察官や自衛隊員の子供を目の敵にするんですか?実はこの前島もお父さんが自衛隊で、だから学校でちょくちょく」
「昔の日教連には挫折した社会主義革命戦士が多かっただろ?その人たちが学生運動やっていた頃にそれを取り締まったりしてたのは警察だ。治安出動と言って、もし実際に社会主義革命が始まったら自衛隊がそれを鎮圧する事になっていた。だから警察と自衛隊は日教連の敵。そんな時代があったのさ」
「でも、それって変じゃないですか?今の日教連の先生たちは、そんな革命運動とかには関係ないはずですけど」
「確かに、かつての社会主義革命運動世代の先生たちはとっくに引退してる。でも組織というのは面白いものでね。一度これが正しいと決まると、周りの状況が全然変わって意味が無くなってしまっても、昔のルールやら習慣やらを盲目的に守ろうとするんだ。今の時代、日教連の先生たち自身の家族や親せきに警察官や自衛隊員がいても不思議はないだろ?そんな事をする必要は、時代が変わって無くなっているのに、警察や自衛隊を敵視しなければならないという決まり事だけが残って一人歩きしているわけさ」
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