珈琲の香り
結婚してるって、奥さんがいるって聞いて、ショックだった。

でも、それでも涼さんが………好き。

蒼君を傷つけても……


「…樹。僕の事、好きだった?」


俯いた蒼君の目から、涙がこぼれる。

夏の日差しに照らされて、キラキラと輝いた涙。

その涙が、私のせいなのが苦しい。


「……好き…………だったよ。ずっと……片想い……してた。でも、きっとそれって、憧れもあったんだと思う。……だって、蒼君は王子さまだから……」

「…王子さま……か。一人の男として……じゃ、なかったんだね。」

「正直言うとね、自分でもわからないの。蒼君の事は、今でも好き。……でも、涼さんに対しての気持ちと違う……」

「…ずっと近くで見てきたのにな……。入学式の日から、ずっと……」


キラキラと光る蒼君の涙が、胸を締め付ける。

好きになった相手に好きになってもらう。

簡単なようで、難しい。


「ごめんね……」

「謝らないでよ。謝られると、余計に辛いから……」
「…ごめん……」

「ほらっ、また謝る。」


涙を拭いながら笑う蒼くんは、もう悲しい顔をしてなくて、いつもの、研究室で見せてくれる蒼君の顔をしていた。

「樹、幸せになれよ。こんなにいい男振ったんだ。お前が幸せにならないと、俺はもっと惨めだよ。」

そう言って差し出された手は、涼さんのようにごつごつした手ではなくて、柔らかい、優しい手だった。

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