ショコラ SideStory


 そしてそれが叶ったのだと知るのは、ほんの数日後のことだ。

ごきげんな様子の香坂さんが、開店前のショコラにあたしに会いにやってきた。


「やられたな。そんな意味もあったとは」

「森宮さんに聞きました?」

「ああ。まあなんつーか。ありがとな」


親父のような年齢の人に恥じらわれてもなんだかなーって感じではあるけど、まあ、幸せそうで何よりです。

でも、香坂さんの話はそれだけではなかった。


「感謝ついでに、俺から一つ提案があるんだけど」

「なんですか?」

「相本も含めて話そう。厨房に邪魔してもいいか?」

「はあ。マサ、掃除まかせていい?」

「ああ、いいよ」


開店前の掃除をマサに託し、手際よく数種類のケーキを焼いている親父の元へ行く。


「なんだ? あれ、香坂さん来てたんですか」

「ああ。ちょっと話がある」

「なんですか、忙しいんですけど」


不満そうな素振りを隠そうともせず、親父はケーキを作りながら続きを促した。


「お前、詩子ちゃんを手放す気ないか?」

「は?」


親父の手が止まる。
あたしも、何のことか分からずに目をしばたいた。

手放すって何?
ここは父さんの店だし、あたしはその娘で、昼間は唯一のウェイトレスで、あたしがいなきゃ、店も回らないはずでしょう。


「……俺の知り合いに、アイシングクッキーの専門店を開いている人がいるんだ。受注が増えたから手伝いが欲しいって言ってたんだよね。そこに勉強しに行く気はない? 相本の下にいるより、細かい技術とか教えてもらえると思う」

「え?」

「親の元だと甘えが出るでしょ。詩子ちゃんがこれで身を立てるつもりなら悪い話じゃない」

「そ、そうですね……けど」


あたしも驚いているけど、親父はもっと驚いている。
口をパクパクとさせて、まるで金魚だ。


「ただ、店は長野にあるから、一人暮らしになっちゃうけどね」


それは、まさに晴天の霹靂。
あたしが今まで築いていきた人生設計が、パタリとひっくり返る発言だった。



【Fin.】



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