ショコラ SideStory

ホテルはずっと空調が効いているのでなんとなく乾燥が気になる。乾燥って敵なのよね、知らないうちに小じわができちゃうんだもの。


「んー、あっあっ。あー緊張するわ」


パープルのAラインワンピースにベージュのクラッシックボレロに身を包み、喉の調子を確認する。

本日は森宮ちゃんの結婚式。
上司である私は挨拶を頼まれている。
ただ冷やかしていればいいわけではないので気が落ち着かない。

朝方まで詩子とともにプチギフトのクッキーづくりに奔走していた隆二くんは、先ほど納品を終え、式場の控室を借りて着替えさせてもらっている。私は、今、それを待っているところだ。


「康子さん、俺、おかしくないかな」


着替えを終えて廊下に出てきた隆二くんは、見たことのないようなブラックスーツ姿だ。
自分たちは結婚式もしなかったし、隆二くんは結婚式に呼ばれるよりも、ケーキ作りを頼まれるほうが多いので、基本白いコックコート姿の方が多かった。

今日は新郎がこのホテルの料理人ということで、料理のコースやケーキなんかはすべてホテルにお任せらしい。

こんな格好、私の親の葬儀の以来じゃないかしら。あの時は彼をじっくり見ている心の余裕などなかったけれど、
あらやだ、格好いいわ。隆二くんて上背があるからスーツとか似合うのね。なんだか見惚れちゃうじゃないの。


「……康子さん?」

「え? あ? ええ。大丈夫。素敵よ」


いかんいかん。
今更旦那に見とれてましたとか言えないわ。

とその時に、パシャリと言うシャッター音。


「あー、熟年新婚夫婦って面倒くさいねぇ」


これみよがしに声を立てながら、ぺろりと舌を出したのは福ちゃんだ。
ウチの雑誌の撮影を担当してくれているカメラマンで、今日は森宮ちゃんから直々に撮影を頼まれているらしい。ワイシャツは着ているものの上着は脱いでいて動きやすそうな格好。腕には、【カメラマン】と書かれた腕章までつけてある。


「福ちゃん。また変なの撮ったわね?」

「康子ちゃんを撮るのはライフワークだからなぁ」

「ちょ、見せなさい。そして消しなさい」

「いや~だよ」


子供みたいなやりとりに、隆二くんが咳払いをする。
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