こわれもの
古泉ヒロト(こいずみ·ひろと)。
彼の胸ポケットに付いた社員用の名札を見て、アスカはヒロトの本名を知った。
同時にヒロトも、アスカの名前を確認していた。
彼は、ついさっきアスカに渡されたレシートに目を落とし、
「名前、上原アスカっていうんだ?」
と、そっけない口調で訊(き)く。
「そうです」
「アスカ。慣れないことばっかで大変だろうけど、頑張って」
ヒロトの気さくさを前に、アスカは弱音を吐きたくなってしまった。
「ありがとうございます。
でも、あと一週間続くかも分かんないです」
日頃のミスを思い出し、アスカは言った。
「もう、すでに辞めたいですし。
この仕事、私には合ってないし、他のバイト探そっかなって」
「んなこと言うなよ」
ヒロトは大人びた顔で、アスカを諭(さと)した。
「新人はミスするのが仕事だろ?
初めから何もかも完璧にやれるやつなんて、稀(まれ)だから。
また顔見に来るから、辞めんなよ?」
そう言うと、ヒロトは別れの挨拶と言わんばかりに片手をあげ、颯爽と店を出て行った。
“ヒロトさんって、クールなのか優しいのか、よく分かんないや”
彼の出ていった方を眺め、アスカは思いにふけった。
彼は、つかみどころがない。
同い年の男子より落ち着いていたし、ゲームセンターで働いているのだから年上なのは間違いないが、年上とは思えないくらい話しやすい。
その日も、小さなミスを繰り返し客に怒られることもあったが、アスカはその度、ヒロトに言われた言葉を思い出し、「やめたい」と思いそうになる弱い気分を、胸の隅に追いやった。
『新人は、ミスするのが仕事』
ヒロトの一言は、アスカの励みになった。
“大変なことばかりだけど、もう少し続けてみよっと!”