桜の咲く頃に
 行き先は、商店街裏の公園だった。
「冬の夕暮れ時って暮れるの早いし、冷え込んでくるから、こんな時間に公園に来る奴なんかいないんじゃないか?」
 ウインドライダーは、すぐ近くのコンビ二で買ってきたコーヒーをすすりながら言う。
「だから、いいのよ。こうして二人きりになれるから」
 二人並んでベンチに座り、夕陽に染まった滑り台のシルエットを眺める。
 ウインドライダーは、暗くなるまで滑り台で遊んだ頃を思い出していた。
「人影もまばらで物悲しい雰囲気だね」
「だから、こうして二人一緒にいるんじゃない。じゃあ、こうしてあげるよ」
 チェリーフラワーは、ミトンをはめた手でウインドライダーの手を包み込む。
「あったかい」
 ウインドライダーの口から、思わず声が洩れる。
「じゃ、これは?」
 チェリーフラワーはウインドライダーの肩に頭を載せてきた。
 濃密な薔薇の香りに包まれて、ウインドライダーは頭がくらくらしてきた。
 なんでいつもこんなに浴びるほどつけるわけ?
 喉まで出かかった言葉を慌てて飲み込む、なぜか聞いてはいけないような気がして。
 すぐそこまで夜の帳が下りてきていた。逢魔時の空は、藤色から藍色、そして深い紺色へと移り変わっていく。
「いい物見せてあげるから……」
 そう言うと、ウインドライダーがベンチから車椅子に移るのを助ける。
 カラカラと車輪が回転する音だけが、ウインドライダーの耳に入ってくる。
 公園の反対側に着くと、チェリーフラワーは静かに口を開いた。
「ほら、見てごらん。まだ咲き始めだから、注意して見てないと見過ごしちゃうかも」
 細長い指先が示す先には、淡いピンク色の花があった。今にも咲きそうなつぼみは紅色だ。
 ミトンを脱いだ手の指先は、おしゃれなネイルアートで彩られていた。
 濃い目のピンクネイルの上に、桜の花びらが舞い降りて風に舞っているようだ。
「これって寒桜? この間初めてオフ会に行く途中で見た。それまで桜って春にしか咲かないと思ってた……」
 勝手に言葉が口を突いて出た。
「今日はそろそろお開きにしよっか」
 ウインドライダーは、肩にそっと触れてきたチェリーフラワーの手に自分の手を重ねた。
その手のあまりの冷たさにぞくぞくっと背筋が凍る。
「また会えるかな?」
 やっとのことで絞り出した声は、弱々しく震えていた。
 チェリーフラワーは悪戯っぽく微笑んで、慣れた手つきで車椅子を押し出した。
< 33 / 68 >

この作品をシェア

pagetop