桜の咲く頃に
 ウインドライダーはふと夜空を見上げる。
 赤みを帯びた半月が低く浮かんでいた。
 確か赤い月は不吉の前兆じゃなかったのかなあ? そんなこと、もうここまできたらどうでもいいか。
 そんなことを考えながら、沈黙をさり気なく破るように口を開いた。
「……あのさあ、話は全然変わるけど、4月にこっちの女子大に入学するんだろ? 俺が逝った後、あの部屋に住めばいい。家財道具も一式揃ってるから、家具付きワンルームって感じだよ」
「え、やっぱり」
 メリーラムはぽつりと洩らす。
「『やっぱり』ってどういうこと?」
「死のうと決心した人間はやさしくなれるんだよ」
「そういうもんか……男所帯だから何か殺風景だけどな。身辺整理っていうか、昨日いらない物も処分しといたから、片付いてるよ。遠慮すんなって」
「じゃあ、遠慮なく。入試もとりあえず終わって、あとは来週の結果待ち。はっきり言って手ごたえあったんだ」
 心なしか声が弾んでいるように聞こえる。
「たまには俺のこと思い出してくれよな」
 ウインドライダーは顔を横向き加減でうつむかせて、煙草の煙を吐き出す。
「何しめっぽいこと言ってんのよ。でも……本当はチェリーフラワーに住んでもらいたかったんじゃないの?」
「いや、そんなことは考えもしなかった。ただでさえお姉さんの1周忌法要が終わったばっかで、ブルーな気分だっていうのに、あの部屋で一人暮らし始めて、心細くなって、俺の後を追うとか、そんな考えに取り付かれでもしたら……彼女には俺みたいになってもらいたくないから……」
「……ウインドライダー、冥土の土産に本当のこと教えてあげるよ。チェリーフラワーに姉なんていなかったって聞いたら、ショックかな?」
 メリーラムは反応をうかがうように、ウインドライダーの顔を覗き込む。
 動揺が痛いほど伝わってくるが、そのまま言葉を続ける。
「よく考えてみなよ。オフ会参加者がどんどん自殺を遂げていく中で、いつもトリを努める彼女だけ、いつまで経っても死なないんだよ。何か変だと思わないかい?」
 
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