桜の咲く頃に
 急に声色が変わった。
「彼女1年前にこの滝に身を投げて死んでるのよって言うか、行方不明になったって言うか、死体見つかってないから……どうやら命日にこの世に戻ってきたらしい。そりゃ、あたしだって、初めて会ったときは幽霊だなんてわかんなかったけどね」
「え、そんなことって……」
 ウインドライダーは絶句して、メリーラムの視線から逃れるように顔を伏せた。
 チェリーフラワーが普通じゃないことは薄々感じてはいた。それでも、そんなことは受け入れたくなかった。
 うつむいたまま動かなくなったウインドライダーの脳裏に、チェリーフラワーのいたずらっぽい笑顔が浮かんでは消えていく。
「そんなことだったら……どうしてもっと早く言ってくれなかったんだよ……まあ、いいか。運がよければ、あの世で彼女に会えるかもしれない」
 その声は掠れ、震えていても、言葉を紡ぎ続ける。
「……メリーラム、後で下へ行って俺の最後を見届けてくれないかなあ? 自殺し損なって、重い後遺症を背負って生きてくなんて嫌だよ。この高さから飛び込んで死なない奴なんかいないと思うけど、運悪く足の骨折だけで死に切れずに苦しんでるようだったら、救急車呼んでくれ。こんな所まですぐには来てもらえないけど……」
「そんな心配いらないって。コールドブラッドもクイーンクリムゾンもリガルドもあたしたちの目の前で、ここで死んでいったじゃない?」
 メリーラムは冷たい口調で言い放つ。
 そんなこと今さら聞かなくてもわかってるよ!
 ウインドライダーは喉まで出かかった言葉をぐっと飲み込む。
 少しためらった後、心の中のもやもやを吐き出した。
「……今まで聞きそびれてたんだけど……あいつらが命を落とした翌日から2、3日わざわざ新聞買って探したんだけど、結局、遺体が発見されたって記事見つからなかった……」
「意外と滝壺の水深深くて、死体が浮いてこないのかも……」
 メリーラムは語尾を濁した。
 ウインドライダーの顔は、蒼白を通り越して真っ白になっている。
 何の感情も映さないメリーラムの瞳をじっと見つめ、その右手を震える両手で包み込むように握り締める。
「……いろいろとありがとな。俺みたいな体じゃこんな山奥まで一人で来れっこないし、おまけに臆病者ときてるから、一人で飛び込む勇気もない……オフ会じゃ他の奴らが死んでくの見てびびってるだけで、自分がやる勇気なんて奮い立たせられなかった。誰かに手伝ってもらうしかなかったけど、チェリーフラワーに言えば止められることわかってたから……君に会えてよかったよ、他に頼める奴なんかいなかったから。もう悔いはない。一思いに突き落としてくれ」
 
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