桜の咲く頃に
 生首が二つぶら下っていた。
 青白く生気のない二つの顔の中で、唇が半ば開き、異様に長い舌がだらりと垂れている。
 血走った目はじっとこちらを見ていた……。
 千佳の首筋から背中にかけて、ぞわりとした悪寒が走り抜けた。
「加恋、しっかりして! こんなもの見てちゃだめだって!」
 身動き一つしない体を、千佳は両手で思いっきり揺さぶる。
 その拍子にバランスを崩して転けそうになった加恋は、思わず後ずさる。
 足元の草むらに青白い塊が転がっていた……。
 人の顔の形をしたそれは、二人の足元に付きまとってくる。
「加恋、こんなとこにいちゃやばいって! あの世に引きずり込まれちゃうかもしれないよ。急ごう!」
「千佳、ちょっと手を貸して」
「何言ってるのよ! さっきからずっと繋いでるじゃない! あなたの手ならここに……」
 千佳が慌てて自分の手を見ると、血の気のない白い手を握っていた!
「いやあああーっ!」
 千佳の悲鳴が闇を切り裂いていく。 
 二人は無我夢中で逃げた。

 侵入禁止のロープまで息も絶え絶えにたどり着いたとき、見上げた空には右半分の月がぽっかりと浮かんでいた。
 青白い光を浴びて、深紅のソアラが一台林道に停まっている。
 誰の車だろう? さっき声を掛けてきた男のものかもしれない。生き残り組はもう帰ってしまったのだろうか? それとも、意外と車内に誰かいて、誰かを待っている可能性もある。 
 様々な憶測が二人の脳裏を駆け巡る。
 その時、後部ドアがすーっと開いて、チェリーフラワーが姿を現した。
 その場を離れず、射抜くような視線を二人に向けている。
 まだ帰ってなかったんだ。でも、何だか怖そう。
 二人は恐る恐る近づく。
「君たち藪の中に隠れて一部始終見てたよね」
「気が付いてたんですか……」
 チェリーフラワーの棘のある話し方に加恋がたじろぐ。
「今夜見たことを人に話したりしたら、どんなことになるかわかってるわよね。ただじゃ済まないから」
 眼光鋭く光る黒い瞳に覗き込まれ、二人の心臓がドキリと大きく脈打つ。
「あの~、立花麗香さん、一つだけ聞きたいことあるんですけど……古宮翔太さんの行方知ってますか?」
 千佳が言葉を振り絞った。
「……あなたどうしてあたしの本名知ってるのよ? どうして翔太のこと知ってるのよ?」
「……それは……公園で古宮さんのケータイ拾って……」
 加恋はしどろもどろになる。
「陽も落ちて冷え込んできたことだし、今度ゆっくり話そっか」
 和菓子屋への行き方を簡単に説明すると、助手席に誰も座っていないのに、チェリーフラワーはなぜか後部座席に乗り込む。
 千佳は運転席のメリーラムと目が合って、慌ててそらした。
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