桜の咲く頃に
エピローグ

カラスの鳴かない朝 4月日19日

 子どもたちのはしゃぎ声が聞こえてくる。
 目を開けると見慣れない天井が目に入った。
 小さな薔薇が散りばめられたカーテンの向こうが、白んできていた。
 同じく薔薇柄のベッドカバーの上で、加恋が安らかな寝息を立てている。
 深夜に話しているうちに、いつの間にか眠り込んでしまったらしい。
 加恋を起こして、二人一緒にトイレに入る。
「ありがとう。でも、歯も磨かないで寝てしまうなんてね……」
 加恋が差し出した歯ブラシのパッケージを破りながら、千佳が決まり悪そうにぼそぼそと言う。
「千佳、何か変だと思わない? まだ5時回ったところなのに……なんで近所のガキどもがこんなに早くから起きてんのよ」
 加恋が何とか搾り出した声は、かすかに掠れて震えていた。
「さあ……外に出てみないことにはわからないけど、あたしたちこんな顔じゃ……」
「……出ていける訳ないよね。ったく、この間オフ会で首吊った奴らと同じ顔色になってるよね……顔色が悪いなんてレベルを通り越してる」
 鏡の中の加恋は、蒼白を通り越して真っ白な二つの顔を、見比べている。
「やっぱ千佳が言ってたように、あんなオフ会になんか行くんじゃなかった。千佳、こんな事に巻き込んじゃって、本当にごめんね」
 加恋はすまなさそうに目を伏せる。
「後悔しても後の祭り。今更謝ってもらってもどうにもならないし……でも、加恋、オフ会から帰ってすぐは何ともなかったんだよ、あたしたち」
 ぞっとするほどの冷めた口調で、千佳が言う。
「と言うことは、もしかして……」
 加恋が考え込むような仕草をすると、一瞬二人の間に沈黙が流れた。
 自分が考えていることを相手も考えていることが、言葉など交わさなくても、お互いに痛いほど伝わってくる。
「……四日前にあの和菓子屋で食べた桜餅おいしかったよねえ。あたしたち立花麗香に勧められるままに桜の葉も食べた……」
 二人が共有する思い当たる節を、千佳が言葉で表した。
「やっぱりね……」
 加恋は小さくうなずいて、力なくその場に崩れ落ちた。
 夕空の下、高い所を除いて葉がきれいになくなっていた桜の木が、二人の脳裏にフラッシュバックしていた。
「あたしたち後どれくらい生きていられるのかなあ?」
 千佳がぽつりと呟いた。
 
「小畑さん、始発までまだ15分程ありますけど、外が騒がしそうっすよ。何かあったんっすかねえ」 
 立花はのろのろと布団から這い出し、眠気眼を擦りながらベランダのサッシに近寄る。
 ガラス越しに冷たい外気が伝わってくる。
 外に目をやった瞬間、そのまま凍り付いた。
「いつもなら後半時間は寝てられるのになあ……何か見えるか、立花君?」
「……」
 立花は呆然と立ち尽くしている。
 小畑はよろよろと立ち上がり、立花の横に並ぶ。その途端、信じられないといった様子で目を見張る。
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