HAPPY CLOVER 1-好きになる理由-
 それから俺は日々高橋さんを観察するようになった。

 彼女の生活は単調だ。単調すぎて美しいくらいだ。

 だが、たまに彼女らしくない行動もある。ある日の昼休み、担任が放送で高梨を職員室へ呼んだ。

 いつもと同じように静かに本を読んでいた高橋さんは、その放送が終わるや否や立ち上がり、急いで教室を出て行った。俺はその姿をチラリと見て首を傾げたが、すぐに合点がいった。

 数分後、がっくりとうなだれた高橋さんが教室へとぼとぼと戻ってきた。そして真っ直ぐ自分の席に戻る。「はぁ……」というように大きくため息をついて、また読書を再開した。

 このとき俺はよほど高橋さんに声をかけようかと思ったが、結局やめた。

 彼女は担任の放送を「たかなし」ではなく「たかはし」と聞いてしまったのだ。慌てて職員室へ行ったが人違いだったというわけだ。失敗を一緒に笑ってあげたほうが気が楽になるだろうと思ったが、いきなり俺が声をかけたら今は逆効果になりそうだ。

 俺は突然悲しくなった。

 クラスメイトが高橋さんをいてもいなくても同じとしか思っていないのと同様、彼女も俺などいてもいなくても同じくらいにしか思っていないのだ。それどころか、俺の存在を認識しているかどうかすら怪しい。

 だいたい、こんなに観察しているのに高橋さんと目が合ったことがない。あの分厚い眼鏡だからどこを見ているかわからないというのもあるが、どうも俺は彼女の視界にすら入っていないようだ。



 ――ちょっと悔しいな……。



 俺はそう思う自分に驚いた。

 そりゃ一年前に見た「その人」にもう一度出会えたら、俺はその人に恋をするかも、とは思っていた。

 でも「その人」が高橋さんだとわかってからはそれが俺の勝手な思い込みで、何か運命的な出会いを期待していた自分がおかしくて仕方がなかった。

 それが、だ。

 こうして日々彼女を観察していると、いつの間にか「こっち向かないかな?」とわずかに期待している自分がいる。
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