ダイダロスの翼
林の中は、騒がしい。

真っ暗な空間に、虫の声がひしめき合う。


野営所へ戻ったレイノルドを待っていたのは、トールとマリーナの白い視線だった。


「今戻った」


レイノルドが2人へ声をかけると、黙って視線だけをくれていたトールがゆっくりと口を開く。


「……なぜ町へ入った。

計画立案当初から、フェンスは越えるなと言ってきただろう」


うなるような低い声。

レイノルドはひょいと肩をすくめた。


「やっぱり、実際に現地へ行かないと分からないことがあるからな。

収穫はあったよ。

計画の要注意人物、『監視者』に会った」


その言葉に、トールは禁忌にでも触れたような顔をしてふいと視線をそらした。



「……もめ事は起こすなと言ったのに。


お前も知っているだろう、『ダイダロス』は正義のために世界中を敵に回しているんだ。

今回の『研究島』の件だって、研究の甘い蜜を吸っている諸国から数々の妨害や制裁を受けている。


そんな状況下で、感情に任せて監視者と争えば……ダイダロスへの弾圧が余計ひどくなるのは目に見えているだろうが。

そうなったら住民解放の日も遠退く」


トールの声は理路整然としているが、発した途端に虫の鳴き声へ飲み込まれていく。

腕を組んだ大きな体が、とても弱々しく見えるのはなぜだろう。


「確かにそうだが、トール。

直接会って、相手の情報を得ることだって大事だろ」


言い募るレイノルドを、トールはじろりとにらみつけた。


「監視者の情報ならすでにある。

研究者に雇われた調整役監視班の班員で、人数は男5人、女1人。

今年の4月から高井瑞緒という女が班長になった。

その頃から、情報システムのセキュリティや住民の取り締まりが格段に厳しくなっている。

つまりやっかいな奴ってことだ。


……活動するには十分な情報だろう。

これ以上、会って何が分かる」


ため息混じりにトールが問う。

レイノルドは考え込むように手をあごへ当てると、やがてにやりと笑った。


「その班長の腕は、やわらかくて温かかったぞ。

やり手の監視者らしいが、やっぱりあいつは女だな」


途端にすさまじい轟音がして、レイノルドの顔面へ石が命中した。


「最っ低、あなた一体何をしてたのよ」

「いや、べつに、やましいことは」


否定しようと上げた両手を飛び越え、2つ目の石がレイノルドの顔面を襲う。

さらに3つ目、4つ目。


「出て行って!
もう帰って来ないでこの変態」


手当たり次第に石を投げつけるマリーナへ渋々背を向けて、レイノルドは天幕の外へ出て行った。



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