【超短編】給湯室の残り香
シナモンのようなクローブのような、エキゾチックな残り香。ずっと給湯室にいたい、この残り香に包まれていたい。でも仕方なくお茶をトレーに乗せて給湯室を出た。


名前は知ってる。
でも話したこともなくて。


知ってるのは香りと名前だけで……。



ある日、部長の飲み終えた湯のみを洗いに給湯室に向かうと、あの香りがした。でもコーヒーの香りはなく香水だけ。


「あ……」
「どうぞ」


給湯室にその彼がいた。


何を話せばいいか分からず、無言で湯のみを洗う。


「君だったのか……」
「え?」
「残り香」


残り香??


「僕がコーヒーを飲み終えて給湯室に来ると甘い花の匂いがして……君が給湯室を使っていたからか」
「あ……そうかもしれません」



「すごくいい匂いだね。何て言うブランド?」
「いえ。これはショップで調合してもらっているもので……あ」
「当ててもいい?」


その彼が少しだけ私に歩み寄り、顔を私の首元に近付ける。彼の息が耳に掛かる……。




(おわり)
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