あの場面はどこに
 それにしても気になる。

 茶碗洗いをしていても、本を読んでいても、大好きなお笑い芸人が出てるテレビを見ていても、彼の動かすペンの行く先がどうしても気になる。

 次の日になって、そんなに気になるなら彼の居ない時に見ちゃおうかと思ったけど、それは彼に対する裏切りのような気がしたから、やめた。ネタ帳も、彼の作品が書いてあるノートも、彼の大切な宝物だ。


 それからまた一日が経ち、一週間がたち、一ヶ月が経った。私は、あの日のことを頭の中で半分忘れていた。

 たまに思い出して顔が熱くなるけれど、「ま、いっか!」って思うようになった。人間って、うまく出来てるもんだ。

 彼の創作活動は順調のようだった。私と彼の間に小説の話題は上がらなかった。彼の心の中にどんな思いが込められているんだろう。彼の真剣な思いが伝わってきた。


 数ヵ月後、彼の小説が入賞したという知らせが届き、私と彼は抱き合って喜んだ。

 彼の小説が書籍化されるという。彼が毎日生き生きとして、輝いて見えた。

「本ができたら、一番に読んでくれ」

「もちろんよ!」

 そして、彼の処女作が完成した。

 私には、気になることが一つあった。

 あのレストランでの出来事が書かれているのかどうかだ。

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