あの場面はどこに
「今日、どんなことがあったの?」

「その質問、もう十回くらい聞いてるね」

 サンマを口にふくみながら、彼が言った。

「いつもは話してくれるじゃない」

「いつもじゃなくて、たまにだよ」

「おもしろい人、いた?」

「さぁね」

 彼は顔色ひとつ変えずにサンマを食べている。

 そんな彼を見てると腹が立ってきた。きっと、私のことからかっておもしろがってるんだわ。

「君の方こそ何かあったの?」

「え?」

 彼が私を見てる。今だ。もう自分から話してしまえばいいのよ。慣れないメガネをかけて、ワンピース着て馬鹿にされて、おじさんに水かけちゃって、ハゲって言って怒られて……。

「べつに」

「あっそ」
 
 やっぱり言えない。だって、だって、恥ずかしいんだもん。


 夜ご飯を食べ終わると、彼は机に向った。創作モードに入ったようだ。あのネタ帳を開いている。

 彼が小説を書いている時は話しかけられない。彼の邪魔をしたくないし、話しかけても返事がかえってこないときが多いからだ。

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