威鶴の瞳


そう聞けば、ゆっくりと顔が上がり、俺を見る。

困ったような表情で、眉を寄せている。



「……ごめんなさい」

「謝るようなこと、お前はしてないだろ」

「でも……私が『あの子』じゃなくて、ごめんなさい……」



『あの子』

それが指すものはきっと、俺が想っている依鶴さん。



何も、言えなくなってしまった。



「いただきます……」



部屋には、小さく、その声が響いただけだった。



俺は後悔した。

『どれも全部依鶴だから、俺はどの人格だって好きだ』

それを言ったのは俺なのに、確かにそう思っていることに嘘はないけれど、どれも依鶴であって依鶴じゃない。

これという定義がないから、不安定だ。



苦しめたくはないのに、苦しめてしまう。

同時に俺も、酷く苦しいと思う。
< 349 / 500 >

この作品をシェア

pagetop