教組の花嫁
「私はここで何をしているのだろうか」
小波の内に、不意にこんな疑問が生じた。
「私がこの教団に潜入したのは、母親の恨みを果たす為ではなかったのか」
「それが、教祖の愛人になり、妻になり、ついには教祖となって、教団を存続させる為に必死になって努力している」
「全く正反対の歩みをしているのではないか」
「何と利己的で、偽善的な歩みではないか」
「これでいいのだ。自分の前に広がる道を、したたかに歩むことこそ、自分の歩む道なのだ」
小波は、心に湧き上がる疑問を自らの意思で打ち消した。
思うように生きられないのが人生。
教祖という立場を受け入れ、小波は自分の為に、永心の為に、前に向って歩む覚悟を固めた。
もう、迷いは無かった。
小波は、演壇に向って力強く歩き始めた。その顔は、凛々しい教祖の顔であった。
小波が講演を始めた。
初めてのせいか、小波は何度もどもり、舌が思うように回らない。
頭の中が、空白になっている。
聴衆の反応はすこぶる良くない。
何と、立ち上がり帰る客まで出て来た。
(どうしよう・・・。もう限界だ)
小波は、動揺しうろたえた。
身体が、小刻みに震える。
震えは止まらない。
(これ以上、語れない・・・)
(仕方がない。投げ出すか)
(これで何もかも終わりだ)
、
小波は、大息を付いて観念をした。
「へたくそ!」
その時、罵声と共に、会場から靴が投げ付けられた。
その靴は、赤いハイヒールだった。
靴を投げ付けた聴衆を見ると、それは酒に酔い潰れた嶋中ほのかだった。
小波が、ほのかを睨み付けた。
「馬鹿野郎!」
小波が怒りを吐き出した。
ほのかは小波を焦点の定まらない目で見て、何かを喚いている。
「畜生!」
小波は、ほのかを目掛けて赤い靴を投げ返した。
赤いハイヒールは、くるくる くるくると宙を舞いながら落ちて行った。
(了)
*この物語はフィクションです。


