レガートの扉


そんな私は大学卒業後、大手商社の本社に勤務する29歳。


3年前に念願の海外事業部に配属されてから、海外出張はもはや日常茶飯事。


部署の誰もが情報や指示次第ですぐに海を越えるという、フットワークの軽さだ。


そのため所属チーム全員、その日デスクに顔を揃えるのは会議が初という状況もザラにある。


ちなみに私の担当はアジア界隈で、2、3日で国内外を行き来することも常だ。


「忙しいって言ってると、毎日あっという間だよ?」

「今が良ければ、」

「そんなこと言って、男から遠ざかって何年経った?」

「…、」

由佳はあたたかい麦茶の入った湯呑に口をつけたのち、呆れたような声を出す。


「見た目が悪くないのに、男日照りなんて不憫で」

「あのねぇ、遠ざかってないって」

「よく言うわよ。もうすぐ誕生日じゃない」

そのひと言は、“もう30歳になるでしょうが”と暗に告げていた。


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