ワケあり!
 ただし――向こうが、勝手に絹に近づいてくるのは、止めようがなかった。

 昼休み。

 久しぶりに晴れて、お弁当を持った彼女が、了との待ち合わせの広場に向かう途中のことだった。

「はぁい、絹ちゃん」

 出た。

 なぜ、茂みをかきわけて、ガサガサ現れるのだろうか。

「君を見かけて、廊下から出ちゃったよ」

 後方の校舎を肩越しに指しながら、渡部様は情熱さをアピールする。

 絹には、そんなウソくさい情熱は、体温ほども感じなかったが。

「こんにちは…では、私はこれで」

 通り一遍のあいさつだけして、絹は立ち去ろうとした。

「あれあれー…広井と一緒にご飯かなー」

 カンに触るとぼけ声。

 そして、ついてこようとする。

「将くんなら教室です」

 絹は、彼と距離を取る発言をした。

 そうしないと、この男がまた将に絡む気がしたのだ。

「やだなぁ、絹ちゃん…広井なら3人もいるじゃないか」

 こいつ。

 絹は、立ち止まった。

 暗黙に、京や了も射程に入れている言葉だったのだ。

「何か、私に御用ですか?」

 このまま、了のいるところへ連れて行くのは危険だった。

 あの了だ。

 母の死を一番知らない了。

 ひっくり返せば、一番あの時代に傷つかなかった人間である。

 そんな人間の前に、渡部を連れて行って、将の時のようなことを言われたら、面倒なことになると踏んだのだ。

「用かあ…そうだねえ…僕と一緒に、昼ご飯食べない?」

 にっこり。

 女の心をとろけさせる、極上の笑顔のお誘い。

 幸い、絹は心のドアに、全部戸板を打ちつけているので平気だった。

「すみません、先輩は、とても私の手に負える方じゃないと思いますので…」

 彼女は、そのバリケードを彼に見せた。

「……高坂巧に、話を聞いた?」

 笑顔の中に、不適さの見える目で、ボスの名前を出す。

 絹は揺らがないよう、よりバリケードを強くして、こう答えた。

「はい、そうです」

 やはり――調べられていた。
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