ワケあり!
 急いでシャワーをひねる。

 早朝とは言え、真夏だ。

 既に、全身汗だくだった。

 色男たちには、とても見せられる姿ではない。

 頭から、熱いお湯を浴びながら、絹は身体のあちこちのヒリつきを感じていた。

 手加減はしてもらえても、格闘なのだ。

 まったく無傷、というワケにもいかない。

 しかし。

「何か、事情がおありなのですね」

 蹴りを止めたまま、彼女が神妙な表情になって言った言葉。

 誰かに狙われていることは、既に聞いているようなのに、今更彼女が、そんなことを言い出すのが奇妙だった。

「あなたの護身術は…暗い匂いがします」

 ああ。

 その言葉で、絹は理解したのだ。

 彼女は、本当の武道家なのだと。

 絹の習った裏世界の動きを、あっさり見抜かれたのである。

 要するに。

 普通のお嬢様なんかではないことを、気づかれたのだ。

 まあ、もともと拾われっ子であることを、広井家には公言しているのだから、問題はないのだが。

「それに…」

 そこで、終わりならよかったのに。

 脚を下ろした絹に、今度はアキが間合いを詰める。

「それに…あなたの目にも、暗いものがあります」

 疑うでも、情け深い目でもなく――まっすぐな目がすぐ側だ。

「知りたいですか?」

 どうして。

 どうして、絹はそんなことを言ってしまったのだろう。

 本当のことなど、話せるはずないというのに。

 言葉は的確でも、何の偏見も感じないこの人に、どこか好感を持ってしまったのだろうか。

「いいえ、必要ありません。暗さそのものは、悪いことではなく…使い方次第というだけです」

 凛と――アキは、言い切った。

 素晴らしきかな、陽の人。

 考え方も行動も、何もかも健康的だ。

 絹とは、真反対。

 だからか。

 シャワーを浴びながら、絹は思った。

 自分の中に、憎らしさと好ましさが、同時に存在してたのだ。
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