踏みにじられた生命~紅い菊の伝説1~

朝の風景

 翌朝、重い足取りで美鈴は学校に向かっていた。街路樹が歩道に影を落とし、鳥の囀りが辺りから聞こえてきている。爽やかな朝だった。いつもと何も変わらない…。けれども今日は美鈴は学校に行きたくなかった。嫌なざわめきを感じるのだ、学校の方角から…。 なんだか憂鬱な気分だった。
 そんなとき、
「みーさと!」
 不意に後ろから肩を叩かれた。思った通りそこには佐枝が笑っていた。
「何沈んでるのよ?」
佐枝は美鈴を覗き込むようにして言った。「別に、何でもないよ」
 美鈴は佐枝の言葉を受け流した。
「なら、早く行こう。遅刻しちゃうよ」
 佐枝は手を差し出して美鈴を引っ張っていく。五分ほど過ぎた頃だろうか、美鈴はざわめきの正体を知った。校門付近が騒がしかったのだ。何台もの車両、昭明、カメラ、マイク、スタッフにレポーターらしい人物などが集まっていたのだ。目的は分かっている。昨日の事件のことを伝えたいのだろう。だがこの時間だ、朝の報道番組ではなく興味本位のワイドショーだろう。
 美鈴と佐枝はこの人混みを掻き分けるようにして校門を潜った。その間に何本のマイクと幾つの質問が二人を襲ってきたのだろう、 美鈴はそれらの無神経な言葉の矢を無視して歩き続けた。
 こういう人混みが美鈴は苦手なのだ。
 普段は何の興味も持たないのに何かあった時だけにまるで死肉に集まるハイエナのようにどこからともなく沸いてきて群れをなす。それも他人の幸福には目もくれず不幸な時にだけ興味を示す。
 人の醜い部分が嫌いだった。
 そんな美鈴の表情とは裏腹に佐枝は興味深そうに周囲を眺めていた。
「あれ、昨日のことで集まっているのかな?」「多分そうでしょう、でも私達には関係ない」 美鈴は佐枝を引っ張るように校舎に向かった。その表情には怒りのようなものが浮かんでいた。
 二人は上履きに履き替え階段に向かう。廊下も階段も生徒達で溢れていて騒がしかった。話題は校門のところの報道陣のことだった。 誰もが興味を持っていた。
< 18 / 96 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop