踏みにじられた生命~紅い菊の伝説1~
 何度か同じことを繰り返すと小島は肩を落として、恵に近づいてきた。
「嬢ちゃん、どう思う?」
 確信を持ったような表情をして小島は恵に問いかけた。しかし、恵にはその意味が分からずどう答えたらいいのか分からなかった。「不自然だとは思わないか?」
「何が、ですか?」
「ここはこの時間でも人の通りがある。少なくとも私が声を掛けた内の数人は毎夜同じ時間にここを通っている。その誰もが昨夜は何も見ていないという」
「確かにそうですね」
 恵は小島がここで何をしていたのか、やっとその意味が分かった。確認したかったのだ。捜査会議では「目撃者なし」と報告されていて、聞き込みをした刑事達のことは小島も信頼していた。しかし、彼はこの報告に不自然なものを感じ、自分で確認しに来たのだった。そして、彼が感じていた不自然さが姿を現した。
「何人もこの道を通っているのに、皆口を揃えて何も見ていないという。それに周りを見てみろ、どの家にも明かりが灯っている。眠っていないということだ。それなのに何も聞いていないという」
 更に小島は畳み込むように続ける。
「首を絞めて殺し、木の上に吊すにはそれなりの時間がかかるはずだ。その間は誰かに見られる危険が高い。なのに誰も見ていない」「どういうことなんでしょう?」
「ここでは本当に何もなかったか、この通りを通っている全員が犯人の協力者だということだ!」
 小島の声が辺りに響き、薄暗い街角の中に吸い込まれていった。だが、そんな筈はない。
声を掛けて答えをもらった人達にはほぼ毎日この時間に帰宅することとこの周辺に住居を構えていることぐらいしか共通点はないのだ。口裏を合わせても何のメリットもない。
 それは言葉を発している小島が一番よく分かっていたことだった。
「でも、それは考えにくいのでは?」
 小島の声に気後れしたのか恵はおどおどしていた。
「そうなんだ、だから余計に目撃者がいないことが気になるんだ」
 小島は辺りを見回しながら、草臥れた煙草を咥えると使い捨てのライターで火を点した。
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