アクセサリー
「何もないって」
 何もないわけじゃないが、実際誰と付き合っているわけでも、交際を申し込まれているわけでもない。ただ一人で恋の予感に盛り上がっているだけだ。そう考えると急に現実に戻ってしまい、気持ちが冷めそうになった。
 いけない。これから会うんだから、気持ちを高めないと。そう思いながらウーロン茶に口をつけた。
「へえええ……」
 直美はまだまだ問い詰めたいようだったが、ひとまず引き下がった。
「もう、こんな時間だ。みなさん、そろそろ……」
遠藤先生は腕時計を見ながら言った。帰り支度を始める先輩たち。時計は午後九時を回っていた。
 彩乃も忘れ物がないか確認をして立ち上がる。
「ちょっとトイレに」
彩乃はトイレの鏡の前に立つ。もうすぐ隆一に会うのだ、と思うと気持が高ぶる。パンパンとほほを叩いて気合いを入れた。




「もう完璧じゃん」
 徳さんはマイク越しに言った。バンド編成は徳さんがボーカルを務め、ベースはトモヒロさん、ドラムは玄太郎、ギターが隆一だ。
 すでに十月も後半にさしかかっているが、スタジオ内は温度が高く、演奏していると体も熱くなる。全員半袖姿になっていた。それでも脇や額に汗がたまってくる。ねとねとする額の汗を隆一はタオルで拭った。
「でもさ、まだ完璧じゃないよな。そりゃ、去年に比べりゃいいよ。でもたまにズレたりする」
 トモヒロさんは玄太郎をちらっと見た。
「すいません。なんか途中分からなくなっちゃって」
 玄太郎は体を小さくする。
「でもさ、十曲も演奏できるんだからすごいよ。あとはMCぐらいなもんだよ」
 徳さんのフォローがはいる。すぐに調子を取りもどした玄太郎は、
「MCは何しゃべっていいか分からないっすもんね」
と口をはさんだ。典型的なお調子者とは玄太郎のことを言うのだろう。そんなところが玄太郎のにくめないところなのだ。
「そんときは玄太郎にマイク渡すからね」
「ええー、困りますよー」
 大げさに玄太郎は否定する。
「ピカ子愛してる! とか言えばいいじゃないか」
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