手を出さないと、決めていたのに
 兄は珍しく話を逸らしてやるようだ。その言葉が聞けただけで充分なのか。
「え、そうなの?」
「ああ、ない」
「……ちなみに、どのくらいの人と付き合ったことあるの?」
「並だよ。だけどまあ、一生一緒にいたいとは思わなかったなあ」
「えー、私、わりと思うよ。大学のときに好きになった人がいたけどさ。その人と結婚したいとも何度も思ったよ」
「えと、医者?」
「え、何で知ってるの!?」
 姉は再び両手に拳を作った。
「知ってるよ(笑)。実家に迎えに来たこととかあったろ?」
「あ……ったけど、知ってたんだ……え、正美も?」
「うん」
「えー、何その即答(笑)。酷い皆、今まで隠してたんだ」
「いや別に……」
「聞かれなかったし」
「そうそう、正美のその発言が一番正しい」
「えー、そうなんだー、でさあ、最近じゃないけどまあ最近ね、会ったのよ……。5年ぶりに。
 え、何で別れたか、知ってる?」
「いや、知らない」
 兄に続いて自分も同じセリフを述べた。兄は本当に知らないのだろうか、気になって顔を見たが、作り顔ではないようだった。
「結婚したの。大病院の娘と。できちゃった婚。で、私と別れたの……。で、最近再会したらまだ結婚しててね。でも子供は流産したって。今も子供はいないって。それに、その時の子供は自分との子供じゃなかったんだけど、自分は大病院の息子になれると思って結婚したって。
 それでね」
 姉は急いて喋る。
「しばらくしてから離婚したの。ロンドンで研究したいけど、今のままじゃ病院の経営に追われるからって。で、ロンドン行ったの……。
 私、追いかけちゃった。すぐ帰されたけど。けど、何度もロンドン行った。
 けどね、今の彼と出会って忘れたの」
「忘れるべきだな、そんな奴」
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