手を出さないと、決めていたのに
 姉は靴を脱ぎながら、尋ねる。
「うん……ちょっとね……」
 このテンションの違いに居心地の悪さを感じながらも、
「とりあえず座ってよ」
 と、備え付けのソファに座るように促す。
「うん」
 姉は想像以上に軽装であった。外は雪が降るほど寒いのに、ティシャツの上に厚めのカーデガンを羽織り、デニムのタイトスカートを履いている。よく見ると、つま先には小さなソックスが引っ掛けられるように、履かれていた。
「寒くない?」
 少し心配になって聞く。
「丁度彼氏が来てね、もういやんなっちゃう、いつも連絡なんてないのに、突然よぉ。で、慌てて出たらこの恰好で、けどここ来る約束してたから、先にここ来たの」
 姉は予想を遥かに超えた事実を、幸せそうな顔をまきちらして自慢した。
「どうしたの? 大丈夫?」
 何に対してそう聞いてきたのかは分からないが、とりあえず自分も窓際にあるソファに対面するように、テーブルを挟んで座った。
「うん……彼氏、外で待ってるの?」
 あまりにも場違いな自分の気持ちをどう処理していくのか突然悩んでしまう。
「待ってるというか、半分仕事してる。まだ電話しなきゃいけないところが何件かあるって言ってたから。で、どうしたの? 仕事のこと?」
「いや……」
 目を見る勇気はない。
「仕事は順調なの?」
 姉の首元をただ見つめた。
「うん……」
 白く、細い首の付け根には鎖骨が浮いている。その首筋に唇を這わす、彼氏がいる。
「……、何? 兄さんは知ってるの?」
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