ビロードの口づけ
「だが皮肉な事にあの香水は、香りにつられて領内に迷い込む獣を減らすことはできたが、逆にいい女を見分けやすくした」


 極上の女の香りは香水で打ち消す事ができない。
 クルミ以外にも母のように香りをごまかしきれない女が他にもいるのだろう。


「五年前の獣が私を狙っているのは獣王に差し出すためですか?」
「いや。あいつは力を得て獣王に取って代わる気だ。あいつの手に落ちれば、あんたは間違いなく食われる」


 クルミはゴクリと生唾を飲み込む。

 あのきれいな獣にもう一度会いたいと思っていた。
 そしてその時は食べられてしまうとしても、それでもかまわないと思った。
 けれど実際に相手がそのつもりだと聞いてしまうと、やはり怖い。

 背筋に悪寒が走り、自分で自分の身体を抱きしめる。
 するとその上からジンの腕がクルミを包み込んだ。

 話に夢中になって、自分から距離を縮めていたようだ。


「あいつに食わせたりしない。あんたはオレが守る」


 それがジンの仕事だから。
 分かっていても嬉しくて心強い。
 クルミはジンの胸に頬を寄せて頷いた。


「はい。信じています」

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