ビロードの口づけ
 理由もなくもう一度招き入れる気はない。
 身体に点った熱はすでに引いてしまったが、余計に眠れなくなった。

 眠くなるまで本でも読もうと立ち上がった時、窓の外で大きな音がした。
 バキバキと木がへし折れるような音と獣の咆哮。
 全身の血が凍るような気がして、クルミは窓を見つめたままその場に硬直する。

 胸が早鐘を打ち始め、掌や額にじんわりと汗が滲み始めた。

 ジンは何かが来たと言った。
 先日庭に現れた小さな獣とは比べものにならないほど、大きくて危険な獣が現れたのではないだろうか。
 おそらく庭木がへし折られた。

 そう考えてハッとなる。
 外へ出たジンは?
 クルミは窓に駆け寄り外を窺った。
 部屋の灯りが反射してよく見えない。
 カーテンを引いて内側に入ってみたが、月明かりのない庭は闇に包まれていて遠くまでは見えない。

 獣のうなり声が低く響く。
 ジンの姿は見えず、声も聞こえない。

 クルミはいても立ってもいられなくなって窓を開いた。


「ジン————!」

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