ビロードの口づけ
 もう一度あの獣に会ったなら、今度こそは食べられてしまうのかもしれない。
 けれどこうして家に閉じ込められて、無為に人生を送るよりはマシな気もした。

「そいつらは人の姿になったり、しゃべったりはしなかったのか?」


 ふいにジンの声が聞こえ、クルミはハッとして顔を上げる。
 黒い獣を思い出してぼんやりしていたらしい。
 慌てて首を横に振った。


「いいえ」
「そうか。話せば分かる奴じゃなかったわけだ。あんた、運がよかったな」


 口元に浮かんだ薄笑いが、ちっともよかったと思ってないように見える。
 やはりこの態度はどうかと思い、クルミは意を決してたしなめた。


「あの。私のことが気に入らないのはかまいませんが、言葉遣いとか、もう少しなんとかなりませんか?」


 ジンは益々小馬鹿にしたような笑みを深くした。

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