ビロードの口づけ
 期待を裏切って困らせてやりたいとも思うが、そんなささやかな反抗心など容易に消し飛ぶほどに、ジンに求められている喜びの方が遙かに大きい。

 クルミは一度目を閉じて大きく息を吸い込み目を開いた。
 父と兄、そしてジンが一斉にクルミを見つめる。
 クルミは兄を真っ直ぐに見つめて告げた。


「ごめんなさい、お兄様。私はお兄様の花嫁にはなれません。お兄様の事は好きです。でも私が愛しているのはジンなの。私は私の意思でジンの元へ行きたいと思います」

「クルミ……」


 すっかり落胆した兄は、ガックリと肩を落として項垂れた。

 口の端を少し上げたジンが右手を差し出す。
 クルミはその手に自分の手を重ねて微笑んだ。
 重ねた手を引かれ、クルミはジンの前に一歩踏み出す。

 見上げるクルミとジンの視線が交わった。
 わずかに細められた琥珀色の瞳から熱い視線が降り注ぐ。

 クルミの手を胸の高さまで掲げて、ジンは恭しく宣誓した。


「私はクルミお嬢様を妻として、生涯愛し慈しむ事を誓います」


 少し身をかがめてジンはクルミの指に口づけた。

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