ビロードの口づけ
 やがて正門が近づいてきた時、モモカの姿が見えた。
 彼女は満面の笑顔を湛え、ひときわ大きく手を振る。

 そして正門では両親と兄が待っていた。
 ジンが近づいてくると、三人は脇によけて道を空けた。
 ジンは会釈をするように深く頭を下げた後、正門をくぐった。

 クルミはそっと振り返る。
 正門の前に並んだ家族が、微笑みながらクルミに手を振った。
 少しだけ手を離して、クルミは三人に手を振り返す。

 屋敷が次第に遠ざかり、やがて人の姿も闇に紛れていった。
 クルミは前を向いて空を見上げた。

 雲ひとつない夜空に浮かぶ、半分より少し細い月が西へ傾きかけていた。
 先ほどと同じようにジンの背中に身体をつけて、首に回した両手の指を組む。
 それを合図にジンの走りが加速した。

 風を切り飛ぶように目指す行く手には、月明かりに黒く浮き立つ広大な森が待ち構えていた。




(完)




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 最後までお読みいただいて、ありがとうございました。
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