デュッセルドルフの針金師たち前編
第2章 モスクワへ

出港1

1970年8月20日午前11時真夏の昼、
快晴の横浜第三埠頭のドラがなって、
白亜の客船ナホトカ号の出航の汽笛が長くボーっと鳴り響く。

色とりどりのテープがおびただしく投げ交わされて蛍の光のメロディーに
たくさんの叫び声がだんだんと絶叫じみてくる。とても暑い。
岸壁をゆっくりと船が離れていく。一杯に張ったテープは次々にちぎれ波に浮かんでいく。

暑い中だ。声も届かなくなり手を振る姿と何か叫んでいる口だけがむなしい。
ふと見ると埠頭の一番端の柵を乗り越える二人のカップルが見えた。勝秀とくるみだ。
「兄貴ーっ」と叫ぶ声が聞こえたような気がした。来なくていいとあれほど言っていたのに。

他人事のように船の出航のドラマを横目でクールに眺めていた治だったが思わず手を振った。
もう遅い。多分あの二人には分からなかったと思う。もうひょっとしたら
日本へは戻ってこないかもしれない。そんな気持ちも多分にあった。

京都の大学は2年前から全共闘に占拠されたままだ。
治は去年の10月21日の国際反戦デーでは東京の代々木公園にいた。
ここでばったりと義理の弟勝秀と出くわすのだ。

彼は東京の私大に入学したばかりで広島の親元には
ともどもに学園紛争は絶対参加しませんと宣誓しあっていたから驚いた。
とにかく親には言うなよ、絶対につかまるなよと言って分かれた。

日比谷公園までのデモ。四列縦隊に機動隊がびっしりとへばりつく。
「安保粉砕闘争勝利」うずまきデモ、ジグザグデモを繰り返す。
完全武装の機動隊が足で蹴ってくる。肘でどついてくる。

「ブタ!」と叫ぶ奴がいる。同じ年代の同じ日本人同士で何故こうなるのか?
鉄パイプに赤布をつけただけの赤ヘル軍団が駆け足で追い抜いていく。
機動隊が一斉に姿を消す。
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