Ghost of lost
 リサの行動には理恵の指摘したことの当てはまる所もある。必要以上にヤキモチを妬いたり、機嫌が良い時と悪い時の勇作への態度がかなり違ったりもしている。けれども、それはほんの少し激しいだけで人格障害などというものではないと勇作は感じていた。
 理恵もまた、勇作がそんなことを考えているだろうということは想像に難くないと感じていた。罹患者の周囲の者は精神の問題を抱えていることを指摘されるとそれを否定してくる者達を数多く見てきたからだった。それにまだ可能性の段階であり、理恵自身確信を持っている訳でもなかった。
 けれども、境界例は本人だけではなく周囲の者をも意苦しめるものでもあるために放置することは勇作自身を傷つけることにもなりかねない。理恵はそこの所を彼に解って欲しいと思っていた。
「私もまだ確信を持っている訳でもないの。でもね、今のうちからあなたには知っていて欲しいと思っているの。それに彼女の記憶がないっていうのも気になっているし…」
「どういうこと?」
「記憶を失うということはアルツハイマー病や脳が激しく傷ついた場合なんかにも怒るんだけど、心の問題から起きている場合は得てして激しいショックを受けて自分を守るためにその記憶にアクセスできない様にしているものなの」
 勇作は深く考え込んでいる。理恵の話すことは今まで自分の身近に起こる様なことではなかった。正直、信じられないと思っていた。
「でも、記憶は戻るんだろう?戻してやった方がリサにも良いんだと思うけど…」
「それはどうかしら?」
 理恵は勇作にとって意外な言葉を口にしようとしていた。
「よく考えてみて。本人は自分を守るために記憶をなくしているのよ。思い出させることは本人が再び苦しむことになるかもしれないわ。よくドラマなんかで記憶を戻して本人が喜んでいることを描いているけれども、私はそれは間違いだと思う。あれは周囲が喜んでいるのであって、本人は記憶を失っている方が幸せではないかと思う」
 勇作には思い当たる節があった。
 リサは記憶を失っているけれども、その状態を気にしている様な様子はなかった。むしろ今の生活が幸せだという様に感じさせる所があった。
 記憶を取り戻した方が良いのではないかと考えていたのは勇作の方だった。

< 14 / 50 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop