誰も知らない物語
「でも、私は月も好きじゃ。ここも好きじゃ。私にとってどちらも大切な故郷じゃから。」
どんなに見た目が変わっても変わらない想いはある。
瑠奈を見ているとそんな気がする。

月への想い。
地球への想い。
蓬莱への想い。

こんなに長く何かを想い続けるのは至難の業だと思う。
でも、きっとこれが本来あるべき姿なのかもしれない。
すぐに思いを変えることができてしまう今…だから、平気で何かを傷つけあってしまうのかも、しなれない。

流れる景色は次第に山へと移る。
八王子、高尾と西へと進む。
残された時間はあと一日、ある意味最後の手掛かりに全てをかけている。

でも、不思議である。
根拠のない物を追うほどワクワクすることはない。
知らないことを知ること。
見たことないことを見ること。
聞いたことないことを聞くこと。

探求心というやつか、好奇心というやつか…。
俺の回りにはそういう奴が多い。
今はこう考えている。
『こんな奴らの下を瑠奈は選んできた』のだと。

「守殿?いつまでこれに乗ってるのじゃ?」
瑠奈にとっては電車での長距離移動は少々苦かもしれない。
「あと、小一時間くらいかな。」
「なんじゃと!」
酷い驚き様だ。
そんなに嫌なのだろうか。
竹取物語の時代だと…馬車や人力による移動のはず。
よっぽどこっちの方が乗り心地は良いと思うけど。

奥多摩へと電車は進む。
ここまで来ればもう山だ。
都心のビルなど見えない。
そういえば…瑠奈と会ったのは奥多摩だ。
…なんか、戻ってきてしまった。

今思い返せば…タイミング悪いよ!と突っ込んでやりたい。
本当ならきっと今頃…
いや待て。
想像とは逆の結果だったかもしれない。
そう思うと、ゾッとする。

だが、伝えなければならないことに変わりはない。
焦っている訳ではない。
一度決めた思い…止められる訳がない。

「守殿、なにそわそわしているのじゃ?」
と瑠奈が覗きこむ。
「うっせー、考え事だ!」
乗車率の低い車内で声は響いた。
「なにむきになってるのじゃ…。」
瑠奈は愛想つかしたように苦笑いした。

いっそ、こいつみたいな素直さが欲しいものだ。
流れる景色のように純粋な気持ちが欲しいものだ。

こう考えると、月の民が嫌いになるのもわかる気がする。
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